出張で仙台に来た。五十五年生きてきて、東北の土地に足を下ろしたのはこれが初めてだった。西の人間にとって、東北は、何か大きな磁力でも働かないかぎり、足の向かない場所だった。地図の上では同じ国なのに、体のほうはそうは思っていない。失礼な話だ。出張にも、自分として果たしたい用事はなかった。ホテルに荷物を置いて、あとは時間が余るだけだった。それも失礼な話だ。人は、用事のない土地では、だいたいそういう失礼な人間になる。

チェックインのあと、夜の盛り場をひと回りした。ネオンはあった。人の声もあった。だが、足を止める店はなかった。何もなくホテルへ帰ろうとしたところで、歩道の看板に足が止まった。暗い木の看板が三枚、並んでいる。古いレコードのジャケットがびっしり貼ってある。黒い板に、ピンクと白の字で SOUL POWER。三階。Deep, Sweet, Tough, Rolling。一人でも、ふらりとどうぞ、と書いてある。においに似たものを感じた。説明のつかない、あの種のにおいだ。バーを探すときの、いちばん古い感覚に近い。僕は階段を上がった。

店内にはレコードがうず高く積まれ、天井には珍しいポスターが貼ってあった。かかっているのは六十年代から七十年代のソウルだった。音は大きい。ベースラインが床を蹴って、ブリブリと跳ねる。耳より先に、身体の内側が反応する種類の音だった。店主からソウルミュージックの話を聞きながらビールを飲む。講義、と言っていい密度だった。言葉は多いが、押しつけがましくはない。レコードと天井と音が、先に席を作ってくれている。居心地がよすぎて、時計のことなど忘れた。

ソロデビュー前のプリンスがコーラスを入れている曲を聴かせてもらった。表に出てくる前の声、という感じだった。いくつもの曲を Shazam で記録した。あとで聞き返すための、小さな杭を打つような作業である。いいバー嗅覚は、まだ衰えていないな、と僕は自分に言った。自画自賛である。五十五年生きてきて、初めての東北で、自画自賛で構わない夜だった。嗅覚が残っているなら、まだどこかへ行ける。

興味のなかったはずの仙台に、再訪の目的ができてしまった。磁力は、看板のにおいから始まった。土地そのものではなく、三階の音が、次に来る理由になった。用事は、あとからついてくることもある。