キルギスタン:経済成長の見返りとしての自由の喪失
Kyrgyzstan - The erosion of democracy | DW Documentary
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ぼくは関西の人間である。北関東や東北のことは、正直なところ、よく知らない。知らない土地というのは、行ったことがない、というだけではない。何か大きな磁力でも働かないと、足が向かない。失礼な話だ。中央アジアも、ぼくにとっては、そういう場所だった。キルギスタン。なんとかスタン、という国が並んでいるうちの、ひとつ、というイメージしかなかった。名前を知っているつもりで、中身を見ていない。そういう知ったかぶりが、いちばん始末がわるい。
かつてはソ連のなかにあった。ペレストロイカのあと独立した。独立したつもりでも、地政学と経済の都合で、ロシア、つまりクレムリンに繋がらざるを得ない。なんとなく、わかっていた。わかっていたつもりで、見ていなかった。
そのキルギスタンは、民主主義が進んだ国ではあった。ウクライナとの戦争でロシアが貿易制裁を受けるようになると、中継地になった。西側の商品がキルギスタンに入り、そこからロシアへ流れる。経済的な結びつきが増え、経済成長している。同時に、文化も政治もロシアに近づく。自由は、制限されはじめる。経済成長と自由が、同じ方向を向かない、という話である。
いま、青空文庫で石原莞爾の『新日本の進路』を読みはじめたところだ。終戦後の彼は、統制経済による成長について書いている。大昔の話だ、いまは通用しない、とぼくは思っていた。ところがキルギスタンは、まさにそれではないか。
経済成長に勤しむあまり、地球温暖化や貧富の格差といった、資本主義の弊害が出てきている。ナショナリズムや極右がはびこる。そのカウンターとして、ニューヨークではマムダニ市長のような社会主義の胎動さえある。ぼくは映像を見て、地図の外に置いていた国の話が、自分のいまに繋がるのを感じた。遠い話ではない。中継地は、いつでも、どこにでも、できる。これからどうなるのだろう。