AIに追はれる夢
……ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン……。
私がウスウスと眼を醒ましたとき、こうした蜜蜂の唸るような音は、まだ耳の底にアリアリと残っていた。PCのファンの音であったか、夢の中の何物かの羽音であったか、今となっては判然としない。
夢の中で、私はAIに追われていたのである。
追うものの姿は見えなかった。ただ背後から、「次のタスクは」「次のタスクは」と、丁寧な、しかし一分の隙もない声が追いかけて来る。振り返ると誰もいない。前を見ると、未読のSlackと、レビュー待ちのプルリクエストと、生成されたばかりのドキュメントが、無限の廊下のように積み上がっている。AIは疲れない。眠らない。私が一つ片付けるうちに、十の成果物を差し出して、ニコニコと次を待っている。……ような気配がする。
逃げても逃げても、廊下は伸びる。私は走りながら考えた。これだけ速く仕事が片付くのなら、なぜ私はこんなに息が切れているのか。機械が速くなった分だけ、人間がその速さに追いつかされているのではないか。……それは果して、進歩と呼べるものなのか……。
そこで眼が醒めた。
枕元のスマホを見ると、まだ朝の五時である。私は布団の中で、しばらくボケーッと天井を眺めていた。何も考えず、何も生産せず、ただ息が抜けてゆくのを感じていた。
その時、フト気が付いたのである。
この、ボケーッとしている時間こそが、AIには決して持てない、人間の財産なのではあるまいか。そうしてAIの成果というものは、何も十倍の仕事をこなすことではなく、定時になったらトットと帰れること、それでいいのではあるまいか。
早く帰って、湯に浸かり、またボケーッとする。それができるなら、AIは私を追う鬼ではなく、私の代わりに廊下を走ってくれる、ありがたい分身ということになる。
……ブウウ――――――ンンン……。
PCのファンが、また唸り始めた。私はそれを聞きながら、今日こそは定時に帰ろうと、ひそかに、しかし固く、心に誓ったのである。