二月の空

二月である。
寒い。私は寒さに弱い。子供の頃から、冬が嫌ひだつた。だが、今住んでゐる關東平野の冬は、故鄕の冬に比べれば、まだ優しい。
私の生まれ故鄕は、京都の北側にある小さな村である。山と水田に圍まれた、何もない村だつた。冬になると、空は灰色に曇り、北風が吹き荒れ、雪が降り積もる。重い雪だ。朝起きると、家の外は白一色。村は雪に埋もれ、音が消える。
私は、あの冬が嫌ひだつた。
寒いだけではない。空が暗いのだ。太陽が見えない。一日中、灰色の空が村を覆つてゐる。まるで、世界が終はつたかのやうな、絶望的な灰色だつた。
だが、今は違ふ。
關東平野の冬は、晴れてゐる。毎日、太陽が顔を出す。空は青い。風は冷たいが、北風のやうな刺すやうな冷たさではない。そして、何より——雪が降らない。
これは、素晴らしいことだ。
私は、雪が嫌ひだつた。雪かきが嫌ひだつた。雪に埋もれた道を歩くのが嫌ひだつた。滑つて轉ぶのが嫌ひだつた。雪の重さに耐へられなかつた家の屋根が崩れるのを見るのが嫌ひだつた。
だから、私は東京に出た。
關東平野は、晴れてゐる。冬でも、太陽が出る。空が青い。それだけで、私は幸せだつた。
もちろん、寒い。二月の關東平野は、寒い。朝、布團から出るのが辛い。外に出ると、冷たい風が頰を刺す。手が悴む。だが、それでも——故鄕の冬よりは、まだ良い。
太陽が見えるからだ。
私は、弱い人間である。暗闇に耐へられない。灰色の空に耐へられない。重い雪に耐へられない。だから、私は故鄕を捨てた。逃げ出した。東京に來た。
卑怯だと思ふだらうか。
だが、私は生きてゐる。關東平野の冬の青空の下で、私は生きてゐる。寒いが、太陽がある。雪はないが、風がある。それで十分だ。
二月の空は、青い。
故鄕の空は、灰色だつた。だが、今、私の頭上にある空は、青い。それが、私にとつての救ひである。
私は、弱い。だが、生きてゐる。それだけで、十分ではないか。