読者諸君、これは事件と呼ぶにはあまりにささやかな、しかし私の朝を一瞬にして凍りつかせた、ある小さな死の話である。

その朝、カーテンを開けた私の目に飛び込んできたのは、裏庭の土の上に横たわる灰色の塊であった。鳩である。あたりには羽毛が雪のように散り敷かれ、そして、ああ、その翼がもがれていたのだ。思わず「ヒッ!」と声が出た。

川越の、平凡な住宅地の裏庭。私たちが眠っているあいだに、何かが音もなく凶行に及んだのである。

さて、犯人は誰か。

最初に疑ったのは猫であった。この界隈にも猫はいる。爪と牙を持ち、夜陰にまぎれて庭を横切る者といえば、まず彼らを疑うのが筋である。

しかし、探偵はひとつの推理に安住してはならない。猫が鳩を仕留めたなら、くわえて持ち去りそうなものではないか。それが、獲物は庭に置き去りにされ、羽毛だけが広く散らばっている。頭上から舞い降りた何者かが、地上で羽をむしり、何かに驚いて飛び去った。そう読むこともできるのである。

そこへ、奇妙な知らせが舞い込んだ。この川越の空を、一羽の鷹が逃げ回っていたというのだ。川越市のお知らせによれば、ペットとして飼われていたハリスホーク、和名をモモアカノスリという猛禽が脱走し、御伊勢塚公園付近の霞ケ関地区で目撃されていた。自ら人を襲うことは基本的にないが小動物を襲うことがあり、散歩中の小型犬が襲われた事例が2件報告されていたという。その鷹は10月29日、笠幡で捕獲された。NHKニュースも、逃げた鷹が29日午後に捕まったと伝えている。

私は息をのんだ。アメリカの乾燥地帯に生まれた狩人が、異国の住宅地の空を、獲物を探して飛んでいたのである。翼をもがれた鳩。散乱した羽毛。符号が合いすぎてはいないか。

地図を広げてみる。御伊勢塚公園、霞ケ関、笠幡。鷹の足取りは、市の西のはずれを転々としていたらしい。翼を持つ者にとって、町境も塀も意味をなさない。数キロの距離など、ひと羽ばたきの気まぐれで越えてしまうだろう。私は窓の外の電線を見上げ、そこに見慣れぬ影がとまっていなかったか、記憶の底を探ってみた。だが思い出せるのは、いつもの鳩とカラスばかりである。

もっとも、これは推理にすぎない。鷹がわが家の裏庭まで来たという証拠は何ひとつない。鳩の亡骸と羽毛のほかに、目撃者はいないのである。

それにしても、どうやって捕まえたのだろう。空を自在に飛ぶ猛禽を、網で追うのか。鷹匠が腕を差し出して呼び戻したのか。飼い主が餌を掲げて待ったのか。お知らせは「捕獲されました」と一行告げるばかりで、その手口については口を閉ざしている。犯人は捕まったが、捕り物の顛末は謎のまま、というわけだ。

亡骸は、かわいそうだが回収して、翌日の燃えるごみに出した。鳥や動物の死骸の扱いは、自治体ごとに回収方法が決まっているのだという。五十を過ぎて初めて知った。

不思議なのは、幼いころ丹波の山の中に住んでいたのに、こうした光景をあまり見た覚えがないことだ。山には猛禽もいたはずである。それなのに生き物の死は、住宅地の裏庭で、カーテン一枚を隔てて差し出された。

カーテンの向こうには、いつも何かがいる。今朝もまた、私はおそるおそるカーテンを開けるのである。