六十歳の分水嶺

今日もまた、私は人工知能と対話をしていた。
昨日と違うのは、コードを書いていないということである。ただ話をしているだけだ。Claude Codeという名の人工知能は、私にとってメンターであり、ビジネスコンサルタントである。
私は五年後のことを考えている。
五年後、私は六十歳になる。日本の企業社会において、六十歳という年齢は一つの区切りである。定年延長制度はあるが、多くの場合、それは形式的なものに過ぎない。給与は減り、役職は外され、若い世代に道を譲ることを求められる。
だが、私にはまだ多くの仕事が残されている。
娘たちは、まだ小さい。長女は中学生、次女は小学生である。彼女たちが独り立ちするまでには、まだ十年以上かかるだろう。教育費もかかる。生活費もかかる。そして何より、住宅ローンが残っている。
五年後の未来は、不安である。
だが、私には一つの経験がある。かつて、自分で事業を始めたことがあるのだ。
成功したとは言えない。だが、大きな失敗もしなかった。事業を畳むとき、私は誰にも迷惑をかけなかった。借金を残さず、取引先との関係も良好なまま終えることができた。それは、ある意味で成功であったと、今になって思う。
歴史を見れば、人生の転機は誰にでも訪れる。
幕末の志士たちは、三十歳前後で時代の波に飲まれた。明治の実業家たちは、四十代、五十代で新しい事業を興した。昭和の企業戦士たちは、六十歳で定年を迎え、第二の人生を模索した。そして令和の時代、私もまた、六十歳という分水嶺に立とうとしている。
私は、死ぬまで自分を養わなければならない。
それは、現代を生きるすべての人間に課せられた宿命である。終身雇用は崩れ、年金は頼りにならず、長寿化は進む。私たちは、自らの力で生き抜かなければならない時代に生きている。
だが、私は事業を続けることが好きだ。
人と関わり、価値を生み出し、誰かの役に立つこと。それは、私にとって生きる意味である。そして、私には恩がある。私と私の家族を気にかけてくれた人々がいる。彼らに恩返しがしたい。貢献がしたい。
私が貢献したい分野は、文化である。
私は科学者ではない。だが、文化を愛している。文学、芸術、歴史——それらは、人間を豊かにする。そして私には、IT企業で培ったノウハウと経験がある。技術と文化を結びつけること。それが、私にできることではないかと思う。
今日、人工知能と話しながら、私はそんなことを考えた。
人工知能は、私に答えを与えてくれるわけではない。だが、問いを整理し、視点を提供し、可能性を示してくれる。それは、かつての師匠や先輩がしてくれたことと同じである。
五年後、私はどうなっているだろうか。
会社を辞めて、新しい道を歩んでいるかもしれない。あるいは、会社に残りながら、副業で文化事業を育てているかもしれない。いずれにせよ、私は動き続けるだろう。立ち止まることは、許されない。
人生には、いくつかの分水嶺がある。
進学、就職、結婚、子育て——そして、六十歳。その先に何があるのか、私にはまだわからない。だが、一つだけ確かなことがある。
私は、生き続ける。そして、貢献し続ける。
それが、私に課せられた使命であり、私が選んだ道である。