病む娘と画面の光

土曜の朝は、いつもと違う静けさに包まれていた。
次女が、この三日というもの、熱に魘されている。小さな体を丸め、布団の中で眠る姿は、まるで折れた花のように儚い。額に手を当てれば、焼けるような熱。頬は紅潮し、息は浅く、時折うなされるように身じろぐ。
医者は、流行性感冒だと言った。
隔離せねばならぬ。長女は来週、学友たちと修学旅行に出る。明日は吹奏楽部の舞台もある。大切な時に病を移すわけにはいかない。だから次女は、一人、奥の部屋に臥せっている。扉の向こうから、時折、小さな咳が聞こえる。
可哀想で、胸が痛む。
私は、今日一日、画面に向かっていた。vibe codingに没頭していた。呪文を唱えれば、画面に文字が躍る。機械が、私の意図を汲み取り、形にしてくれる。
だが、指を動かしながらも、心は奥の部屋にあった。
次女は、まだ小さい。熱に浮かされ、一人きりで寝ているのだろうか。水は飲めているだろうか。母は、時折様子を見に行っていたが、長くはいられない。感染を恐れてのことだ。
「少し、良くなったみたい」
私は立ち上がり、奥の部屋へ向かった。扉を開けると、次女が起き上がっていた。顔色は、まだ悪い。だが、目に力があった。
「ご飯、食べられる?」
尋ねると、次女は小さく頷いた。
夕餉の膳を運んだ。次女は、ゆっくりと箸を取り、少しずつ口に運んだ。その姿を見て、私は安堵した。食べられるということは、回復の兆しだ。
夜、私は再び画面に向かった。だが、今日ほど、コードの文字が冷たく見えたことはなかった。プログラムは美しい。論理的で、正確で、間違えない。だが、それは人の温もりを知らない。
奥の部屋で、次女が眠っている。熱は、まだ下がらない。だが、夕餉を食べた。それだけで、十分だ。
明日朝早くから、長女は練習に行く。来週には旅立つ。次女が、それまでに治ることを、私は祈る。
画面の光が、部屋を照らしている。コードは動き続ける。だが、私の心は、奥の部屋にある。病む娘のもとに。