方丈の庵と高瀬川の京都

一 予想外におもしろかった

青空文庫で「現代語訳 方丈記」を読んだ。佐藤春夫訳だ。

正直に言うと、期待はしていなかった。学生のころはむずかしすぎて、最初から拒否していた。冒頭も中身も、ほぼなにも知らなかった。無常観とか隠者文学とか、名前だけが先に立つ古典のひとつ、という感じだった。

それが読んでみると予想外におもしろかった。現代語訳なのもあって、かなり読みやすかった。長生きはするものだ。

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。

55歳のいま読むと、まったく別の文章に見える。書かれていることは何も変わっていない。変わったのは読んでいる私のほうだ。

800年前の老人が書いた人生観なのに、これは現代の私が憧れる老後そのものだった。なぜそう感じたのか、少し整理して書いておきたい。

二 私の知っている京都、長明の見た京都

私は京都府で生まれた。ただ、高校を出るまでは丹波の山の中で育った。京都市内の記憶が濃く残っているのは、大学時代からだ。1990年代のはじめに実家も京都市内へ移り、そこから京都の町を本格的に歩くようになった。卒業して京都を出てからも、帰省するたびに見てきた。だから、私が重ねている「京都の景色」は、だいたい三十数年ぶんの、大学以降の京都市内の記憶だ。

方丈記の前半は、長明が見た都の災厄の記録だ。安元の大火、治承の辻風、福原への遷都、養和の飢饉、元暦の大地震。都の大半が焼け、つむじ風が家々を吹き飛ばし、飢えた人が道端にあふれ、地震で山が崩れ川が埋まる。

玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。

読みながら、頭の中に自分の知っている京都の地図が勝手に広がっていく。あの通り、あの川べり、あの辻。地名は同じなのに、重なる景色がまるで違う。私の記憶の京都は、観光客でにぎわい、古いものが大事に残され、千年の都としてずっとそこにあるような顔をしている。長明の記録の京都は、焼けて、崩れて、人が死んで、それでもまた人が家を建てる、そのくり返しの場所だ。

同じ場所の上に、800年の時間をはさんで二枚の写真を重ねて透かしてみるような感覚。ぴったり重なるところもあれば、まったく重ならないところもある。その「ずれ」がおもしろかった。

長明が書いているのは、教科書に載るような歴史の大事件というより、その場にいた人の目で見た生々しい記録だ。火がどちらからどちらへ燃え広がったか、風がどう吹いたか、飢えた人がどこに倒れていたか。現場からのルポルタージュみたいに細かい。だからこそ、知っている場所の上にその景色がくっきり浮かびあがってくる。

そのうえ、私の三十数年の記憶の中でも、京都の景色はかなり変わっている。大学のころに見ていた町並みと、いま帰省するたびに見る町並みは同じではない。それでも、焼け野原になった都を見たことはない。長明の記録を重ねると、ずっとそこにあると思っていた京都が、たまたま運よく残ってきた姿なのだと気づかされる。

この感覚は少し前にも味わっている。森鴎外の「高瀬舟」だ。高瀬川はずっと見てきた川なのに、作品を読んだのは恥ずかしながら今年が初めてだった。ちょっと遅い。罪人を乗せて夜の川を下っていく舟と、いまの高瀬川の景色はぜんぜん違う。それでも読み終えてから見る高瀬川は、前とは少し違って見える。

方丈記も同じだった。私が大学以降見てきた京都も、長明から見れば「本の水にあらず」なのだ。そして私の記憶の中の京都も、すでにいまの京都とは違う。人もすみかも、たしかにかくの如し。

景色は変わる。800年もたてば、同じ場所でもまったく別の世界になる。それは方丈記を読んでいちばん強く感じたことだった。

三 それでも、人生観は変わらない

景色はこれだけ違うのに、おもしろいのは、長明が老いてから語る人生観が、いま私が実感していることとほとんど変わらないことだ。

すべて世のありにくきこと、わが身とすみかとの、はかなくあだなるさまかくのごとし。

長明は五十の春に家を出て世をそむき、しばらく大原の山にいたあと、六十のころに日野の山へ方丈の庵を結ぶ。

こゝに六十の露消えがたに及びて、さらに末葉のやどりを結べることあり。

廣さはわづかに方丈、高さは七尺が内なり。

一丈四方、いまで言えば四畳半ほどの小さな家だ。そこで琵琶を弾き、季節の花や鳥を眺め、山を歩き、月を見て、昔のことを思い出す。誰かに認められるためでも、何かを成し遂げるためでもない。ただ目に映るもの、耳に聞こえるものを、自分のこれまでの経験や思い出と重ね合わせて味わっている。

これを読んで、ああ、私がいまなりたいのはこれだ、と思った。50年も生きていると、身の丈がわかってくる。欲もだんだん薄れてくる。そうなって初めて、目の前のものを素直に愛でることができる。800年前の人も、同じところにたどり着いていた。時代も道具も違うのに、たどり着く場所が同じなのはちょっとおもしろい。

長明は、都で暮らしていたころの自分を振り返って、人に気をつかい、家のことに心を悩ませ、世間体にしばられていたことを書いている。そしていまの庵の暮らしを、誰にも気がねせず、自分の体を自分で使い、足りないものを数えずに過ごせる、と語る。強がりではなく、本当に満ち足りている感じが伝わってくる。

時代も、身分も、暮らしの道具も何もかも違う。電気もスマホもない。それなのに、老いてから見えてくる景色だけは、驚くほど同じなのだ。

四 50歳をすぎて、見え方が変わった

なぜこんなに長明の感覚に共鳴するのか。理由ははっきりしている。50歳をすぎてから、明らかに人生の見方が変わったからだ。

それまでは、しゃかりきに何かを成し遂げることばかり考えていた。人として、家族を養うものとして、こうあらねばならない。そういう「ねばならない」で頭がいっぱいだった。それが悪かったとは思わない。そういう時期はたぶん必要だった。

ただ、そのころの私は、目の前のものをゆっくり眺めるということをほとんどしていなかった。季節が変わっても、それはスケジュールの区切りでしかなかった。本を読んでも、何かの役に立てるための情報収集だった。

「知」についても同じだ。私はずっとインターネットのビジネスの世界にいて、誰よりも早く、誰よりも深く最先端を知り、それを実践することを仕事にしてきた。新しい技術が出ればすぐに触り、仕組みを理解し、事業に落とし込む。それはいまも会社から求められているし、これからもしばらくは続けていくと思う。

でも、いつからか、その最先端の知見のはかなさを感じるようになった。ギョッとするくらい、すぐ古くなる。

ネットの世界の「最新」は、すごいスピードで置き換えられていく。数年前に必死で身につけた知識やノウハウが、気がつけばもう誰も使っていない。PCからスマホへ、スマホからその先へ。いまは生成AIが、ついこのあいだまでの常識をどんどん書き換えている。昨日の正解が今日には陳腐化している。

よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。ずっと追いかけてきたものは、まさにこのうたかただったのかもしれない。

それを虚しいとまでは思わない。うたかたを追いかけることにも意味はあるし、そこで得たものもたくさんある。ただ、それだけでは人生の足場にはならないのだと、50をすぎてようやくわかってきた。

五 変わらない「知」が必要だ

そう感じるようになってきたのは、近代文学を読み始めてからだと思う。気づいた順序が逆だった。

近代文学は、過去の名著として生き残っている「知」だ。そこには当時の事実の描写があり、人間の描写がある。アップデートで書き換えられたり、新しい技術に吹き飛ばされたりすることがない。100年たっても、800年たっても、そこに書かれたことはそのまま残っている。

古典や歴史も同じだ。数学や理科系の、ずっと変わらないファクトもそうだ。最先端の知見はどんどん入れ替わるけれど、こういう変わらないものこそ、人間には必要なのだと思うようになった。文学を読んでいるうちに、そのことに気づいてきた。

これは長女を見ていて感じたことでもある。受験勉強で歴史をやっている姿を横で見ていて、最初は、いまどきこんなに年号や出来事を覚えてどうするんだろう、と少し思った。AIの時代、過去の事実なんて聞けばすぐに答えてくれる。

でも、そうではないのだ。事実を知っていること自体が目的なのではない。それを踏まえた教養として、あらゆる物事を捉え、解釈するために、人間の中に蓄えておく必要がある。AIは事実を教えてくれる。その事実を自分の経験と重ね合わせて何かを感じるのは、自分にしかできない。

方丈記を読んで京都の景色を重ねられたのも、高瀬舟を読んで高瀬川が違って見えたのも、私の中に三十数年ぶんの京都市内の記憶と、少しばかりの知識があったからだ。何も知らなければ、ただの古い文章で終わっていた。

教養というのは、たぶん、世界を見るためのレンズのようなものだ。レンズがなければ、景色はただ流れていくだけだ。レンズがあれば、目の前の川に800年前の川が重なり、小説の中の舟が浮かんでくる。そのレンズは、検索してもAIに聞いても手に入らない。自分で読んで、自分の中に積み上げていくしかない。

六 55歳の私と、方丈の庵

方丈記に書かれていることは、いまも有効だ。

都は焼け、人は死に、家は建て替えられる。テクノロジーは入れ替わり、最先端はすぐに古くなる。住む場所も持ち物も、いつまでも同じではいられない。800年前もいまも、世の中にある人とすみかは、かくの如しだ。

その中で長明は、50をすぎてから小さな家に住み、自然を愛で、自分の人生の経験や教養を使って目の前の世界を感じながら、死を迎えようとしていた。大きな家も、地位も、名声もいらない。ただ、感じる力だけは手放さない。

いま55歳になった私は、そんな長明に深く共感する。

もちろん、私はまだ庵を結ぶわけにはいかない。仕事もあるし、最先端も追いかけなければならない。それでも、心のどこかに方丈の庵を持っておきたい。変わっていくものを追いかけながら、変わらないものを自分の中に積み重ねていく。そして、いつか目に映り耳に聞こえるものを、これまでの経験や思い出と重ね合わせて、ただ愛でられるようになりたい。

800年前の老人が書いたこの小さな本は、いまの私が憧れる老後の、いちばん正確な見取り図だった。